東京マラソン2018

何度も出ていますが、今年の受付は驚きました。

ビッグサイトに向かって階段上り終えたら、そこから長蛇の列。

目を疑いました。

そこから待つこと1時間。

ようやくセキュリティバンドを付けてもらえるところにたどり着きました。

晴れていて、気温も高めだったので待てましたが、土曜日の受付でこんなに待ったのは初めてでした。

 

すっかり疲れ果てて、エキスポも必要なショップのみ立ち寄り。

今年初出店のHALEOさんでは、BCAA特別配合のCSX HYPERの試飲が行われていました。

4種類のフレバー全て。みなさんは試してみましたか?

会場では、元気な友人が待っていてくれて、「大食漢だから~!」と手作りのおこわおにぎり3種、手作りの漬物、干し芋、柑橘類の果物をプレゼントしてくれました。

 

彼女のパワーとこの差し入れで、明日はゴールまで走れそうと確信を持てました。

 

自分でも朝から3合炊いて、早朝の食事と、出かける前の食事で2合完食。豚肉、ニンニク、ネギ、野菜類も8時までの2回の食事でしっかり補給しました。

あとは残りのご飯と、果物、野菜、その他もろもろ持参して上京していたのです。

とはいえ、1月は外にでかけることもできないほどの体力喪失。

2月も辛いままで、回復してきたのが20日の鳴子温泉から。

21日、22日と走ってみて、23日はわずか5㎞のジョグ。

これでは東京もまだ50%の力しか出せないな・・・と思っていました。

 

でもスタート整列にいくと、たくさんの友達ランナーがいて、いつもの調子でおしゃべりしているとなんだか走れる気がしてきました。

 

「え~い!とりあえずいつもの感覚でいっちゃえ!」

と最初の下りの力もかりて、4分20秒/㎞より速めで走りました。
ちょうど前後に、国際女子大会で同じようなペースで走る女性たちがいたので、このままゴールまで一緒だったらサブスリー前後だな♪なんて思いまして。

とはいえ、彼女たちもこの日は控えめのペースのようで、3時間2分前後のペースで序盤を走っていました。

 

でも私はやはりカラダが驚いていて、ここ数か月このペースで走れていないので、不安だらけ。いつものようにこのまま42㎞行けるのか?

と初めの2㎞で感じていました。

そして、すぐに左足裏にソックスとの摩擦を感じ、痛みが。なんとまあ、こんな序盤から。

5㎞手前から、一度シューズ脱いで直そうかとも思いましたが、痛みが消えると信じて、せっかく一緒に走れている友達から離れない方を選びました。これがこの後の苦しみになってしまいます。

 

10㎞までが長かった。「痛いな、どうしようかな、でも我慢」そんな問答を繰り返しているだけですから。

とても東京楽しいコースだなんて思えない、足のことしか考えていない時間でした。

我慢していても、徐々にしびれも始まり、着地が痛くてしょうがありません。

足の動きも悪くなり、ここ1週間痛かった腰も痛みを増し、最小限の走りをすることだけに専念しました。

日本橋も、銀座も全く楽しめず。

痛い、重い、辛いの文字のみ頭の中をグルグル。

ここまで走れたのだから、あと5㎞。そして5㎞過ぎると、また同じくあと5㎞と自分を励まして、ゴールまで歩かないことを心に決めていました。

 

ペースはご覧の通り撃沈です。

マラソン初めて14年。こんな撃沈レースは初めてです。

ゴール後歩くのが痛くて、痛くて・・・。

泣きそうになりながら更衣室まで。

今度はシューズが痛くて脱げない、靴下が脱げない。

脱いでみたら(左)大きな水膨れ。この時点ではヒリヒリ。

着替えて、亀のような歩きで入浴施設に移動し、入浴後が真ん中。

お風呂でも歩けず、はいつくばって移動する私。恥ずかしかった。

そして翌日の足は右。ぷっくり膨れて、水風船をぶら下げているよう。足をつくことができず、歩くのもなるべく避ける生活。

横5㎝縦4㎝です。

 

この足でしたが、レース後は打ち上げのハシゴ。

たくさんの仲間と楽しく過ごして、悔しいマラソンも吹き飛びました。
みなさんありがとう♪

ランだけでなく、人生の学び、ご縁に感謝の時間でした♪

最終の新幹線で娘と落ち合い、帰宅したのは深夜。

それから家事をこなして、またもや睡眠時間数時間・・・月曜日も朝からお弁当。
母は休む暇なしです。
(ちなみにマラソン前夜は、娘が夢の国で遊んでいて、深夜にホテルに戻りまして、それからは電気ピカっの部屋&ダブルベッドでほとんど眠れずに走りました。)

 

さあ、復活まであと20分。

春には自分らしく走ります!

 

走るソムリエ 堤 佳子