2017年11月から痛めていた足が原因でもありましたが、11月12月とハーフ2本とも90分を切れない状態。
フルマラソンの中間地点(ハーフ)通過タイムよりも遅い結果が続きました。
実は2016年5月末から取り組んでいる問題が精神的疲労をもたらし、走れなくなっていました。
精神的ストレスは想像以上に重く、頭痛、首・肩・背中・腰の痛みや可動域を狭めたり、呼吸困難になったり、睡眠不足になったりと辛い日々を過ごしてきました。
そして2017年まさに大晦日からドッと疲れがきて、全く走る気にもならず1月もあまり走れなくなりました。
そして大阪国際女子マラソンのDNF。
ただの精神的ストレスだけだとすると、私はもう復活できないかもしれない・・・そんな不安にもなりました。
もしかしたら他にも原因があるかも・・・とそのもしかしたらに賭けて血液検査をしました。
私は11年前、2007年11月に酷い貧血に気づきました。
あるハーフマラソンの大会で3位には入れるだろうとスタートしたら、全く走れず、10㎞地点をビリで到達して(歩きながら)棄権した経験があります。その後、何がなんだかわからず内科を受診。貧血でした。
思い返すと当時と同じカラダの感覚なのです。
頭痛、眠れない、息苦しい、階段上がるのがつらい、走れない、疲れる・・・。
まさかここまでだとは思いませんでした。
2017年は年間グランドスラムも達成しています。
122勝まで優勝も重ねました。100勝が2016年11月でしたから、20勝近く2017年も重ねたわけです。
でも振り返るとタイムは納得いくものはなく、いつも足が重く感じていました。
それでも達成したかった年間グランドスラム。そして早く解決したい問題。
それらに一生懸命になっていて貧血に気づきませんでした。
そのうえ、食事はさらなるパワーアップしていたからでしょうか、食べることで乗り越えてきたのでしょう。
2018年1月30日検査 ※(カッコ内は基準範囲)/2007年11月5日検査
鉄(血清鉄) 21 (45~180) /6
フェリチン 6.3 (2.3~15.0)
白血球数 3600 (4000~9000) /3400
赤血球数 341 (380~480) /310
血色素量 9.7 (12.0~15.5) /5.4
ヘマトクリット 33.9 (35.0~45.0) /20.5
11年前は好きなものしか食べていなく、体重も今より3㎏少なかった頃です。それに比べればそこまでひどくはないですが、フェリチン以外は基準値以下です。
「走れるわけないね」と診断されました。
また鉄剤を処方され、治療開始となりました。
何年も鉄剤を飲み続けたこと。それが機になり私は栄養を学んで、食事改善に努めて、今の仕事に至っています。
その振出しに戻りました。
でもこの5年は食事はバランスよく十分に満たし、さらにパワーアップしています。
それでも貧血になってしまう恐ろしさ。
私は貧血になりやすいのでしょうか。
17年前、アメリカで妊娠していた時も先生に「貧血になりやすいから鉄分しっかり摂って」と言われていたことを思い出しました。
またこの貧血に向き合いながら、食事学をさらなるパワーアップさせたいと思います。
私にとって様々なことを振出しに戻したい、再スタートしたい2018年。
そんなことを走れない身体からも感じた立春です。
東京マラソンに間に合うかは厳しいところですが、名古屋ウィメンズはいつものような走りができるよう、まずは貧血を治します。
走るソムリエ 堤 佳子