キセキが起きました☆の補足

私は2001年3月11日に娘をサンフランシスコで出産しました。

17:46pmでした。

その後母乳の練習などをして夜を迎えていたら、夜中の母乳の後に大量の出血。

看護婦さんに駆け付けてもらいシーツを変えようと立ち上がったら、ドバーっと。

一瞬意識がなくなり倒れそうになるところを支えてもらい、そこから大変なことになったのです。

血圧は68と59。

しばらくは自分の病室で子宮内の血液の塊を取りだすことをしたようですが、対応しきれず緊急手術になりました。

手術台で英語で書かれたたくさんの書類に全てサインをして(さすがに全部読んでいる場合ではありませんでした・・・)、その後は麻酔で意識なし。

 

私が気付いたのは朝の5時ごろでしょうか。

その間3時になっても止血ができず、緊急医師が駆けつけ(カリフォルニアで2番目に有名だとか・・・)特別な処置を施し、ようやく3時30分過ぎに安心できる状態になったようです。その後集中治療室に移動して、目が覚めたのが5時過ぎ。

 

輸血2バッグ。

 

そのような経験もあり、産後は生理が順調でしたが徐々に不定期になりました。

担当医師にもそのようになるかも・・・と示唆されていました。

 

そして今の私を知る方からは想像もできないと思いますが(笑)、母乳の出がすごかったのです。

1歳になるまで完全母乳育ち。

食べても食べても全て娘に栄養を取られて、気づいたら体重も落ちていました。今より5kgも痩せていました。

 

笑えるお話ですが、産後2か月(2001年5月)に私はアメリカの公認会計士の試験を受けました。

試験は4科目で午前1科目、午後1科目と2日間に分けて行われます。

母乳の出が良すぎた私は、この長丁場の1科目の試験中に耐えきれず、どんどん流れ出るのです。

Tシャツビショビショ、母乳特有の匂いプンプン。

とても試験に集中できません(汗)

休憩時間になるとすぐさまトイレにかけこみ、個室で大放出。用を済ますのではなくて母乳の処理でした。

あの時の壁一面に飛んだ量は自分でも驚きでした。
もちろん会場まで娘を連れてきてもらい、飲んでもらいましたが、飲めばまた刺激されて体内で一生懸命作り出す・・・という大変な事態。

 

おっと、ずいぶん話が逸れましたが、それくらい母乳が良く出て食べても食べても太らない1年間でした。

当時東京に住んでいましたが、リトミックに通いながらスタジオの鏡に映る自分の姿に「ええっ?」と驚いたことがあるくらいです。

 

それ以来娘が歩けるようになってからも、子育てで体力を積極的に使い(毎日一緒にプールとか、自転車に乗せてどこまでもとか、)食べても消費が上回り、体重が大幅増ということはありませんでした。

もちろん生理はありました。

 

その身体の状態からゆるゆるランニングを始めたので、私の場合2012年に生理が完全に終わったのは今の若い女子選手にありがちな「減量や厳しい練習で止まった生理」ではありませんでした。

「もう閉経だよ」という先生のお言葉もあり、「むしろマラソンするなら骨粗鬆症に気を付けてね」とアドバイスされたのですから。

 

ここ数年はカルシウムにも気を付けてきましたし、積極的にビタミンDを作るよう(笑)行動もしてきました。

マグネシウムも忘れずに・・・。

 

ところが!まさかの!キセキが起きました☆

なのです。

 

このキセキを紹介することをためらいました。

ツイッターに流す→1晩あけてようやくFBの走るソムリエページでシェア。

でもたくさんの方に、「食べることでカラダが変わる」ことを伝えていくためにも、公開しました。

栄養バランス良く食べて、カラダの中から元気にパワフルな毎日を過ごしましょうね☆

 

 

走るソムリエ 堤 佳子