リハビリ中

11月20日から足の状態がおかしくなりました。

正確に言えば左足の薬指の下2cmぐらいの足の甲が痛むのは、もっと前からでした。

それでも走れたので走ってきていたのです。

21日は宮城学院女子大学での美活でランニング&ランチの講師。自然の中をゆっくりラン&ウォーク。

この時は少し我慢して行っていました。

あまりに状態がよくないので、これでは大田原マラソンは走れないとDNSの決断をして、大会事務局に連絡をしたのが22日の朝。

その日は招待選手として送迎などをしていただくことになっていました。


それからは時間があれば温泉で癒す日々。

1年前の足底筋膜炎を思い出しました。

寝起きの足が痛い。まともに歩けない。足を着くのが怖い。


28日の畑ランではわずか2kmのラン行程も「無理だな・・・歩きたいな・・・」が本音でした。

しかし私は企画者。ご参加のみなさんは走れます。

わずか2kmなら!と我慢しました。

思いがけず楽しい寄り道もし、3km近くゆっくりラン。

というわけで無理を重ねてしまい(とはいえ私にとっては仕事です)、とうとう左足が悲鳴をあげました。

左足裏だけでなく、ふくらはぎ、すね、もも、おしり、腰、背中、首の左側全て。


家の中では裸足で生活していますが、歩き方がおかしくなりついに12月3日、泣きの整骨院へ行きました。

実は11月26日にも別の治療院に行きましたが、私には合いませんでした。

なのでやはり以前診てもらったことのある整骨院へ行こう!と駆け込んだのです。


12月6日開催の宮城県内では年内最後の大会。今まで3連覇している大会。どうしても走りたかったのです。

そして13日のホノルル、20日の台北と続くフル2連戦。

楽しく走りたいのです。(かなりハードなスケジュールですが、ホノルルは父親の70歳のお祝い。台北はハーフマラソン優勝したので招待なのです。)


とてもご無沙汰していた整骨院。

トレーナーさんは「走れせてやる!」と。

心強かったです。

3日~5日はガチガチのカラダをほどいていく作業。

足裏の痛みは足首の靭帯の腫れにより、足全体の筋肉を使って着地や蹴りだしの衝撃を吸収してあげることができなくなっていました。

それが歩くことすら痛みでまともに歩けない。

そのことで腰、背中、首まで固まってしまっていました。


カラダのほぐれは日ごとに良くなりましたが、5日の段階で翌日10km走ることは無理と判断。歩くのもまだ痛くて不自然な歩き方しかできませんでしたから。


5日の夜はホノルルすら走れないと暗い気持ちになりかけていました。

6日の大会で一緒に頑張ろうと約束していた友達が心配してメールをくれて、どれだけ励まされたか・・・。

まずは「私の分もかっ飛ばしてきてね!」とエールを送り、応援に行こうと思って眠りました。


この段階では正直ホノルルはただの添乗員だなと諦め半分&自分の回復力を信じる気持ち半分でした。

回復力を信じたい気持ち100%なのですが、現実は厳しいと思ったのです。

だって、まともに歩けない人が1週間後にフルマラソンを走れますか??


長いので続きは次のブログに。



走るソムリエ 堤 佳子